読後感「アルジャーノンに花束を」

「たのむから、この子の人格を尊重してやってくれ!彼はにんげんなんだ!」
当事者だからこそ分かる辛さ、心苦しさが伝わる1場面
~あなたの読書を更に豊かに~
富山市内で定期開催中
読書会blueの新井です。
今回は6月24日(土曜日)開催の
読書会の課題本
「アルジャーノンに花束を」を
ご紹介します。
読書会の案内はこちらhttps://dokusho-toyama.blue/2017/05/07/flowers-for-aljernon/(募集終了しています)
私も大好きな本の1冊です。
以前読んだときに非常に心に残っていて、
読書会の課題本にしたくて
温めていました。
念願叶って嬉しいです。
さらっと内容を紹介。
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主人公は知的障害(今だと障がい、ですね)
を持つチャーリィ。
身体は大人ですが、
文章からは純粋無垢な、
子どものような印象です。
「経過報告」と称する
日記を読むような感覚で
話は展開していきます。
頭が良くなりたいと願うチャーリィに
脳の手術を施してから
文章が日を追うごとに変化していきます。
読者もチャーリィの変化を感じることが
できるところですね。
IQが上がるにつれて、
彼は自身の生い立ちや
職場でいじめられていたことを知ります。
これは以前のチャーリィでは
気が付かなくても良かったこと、
今まで知らなくてもよかったこと。
頭が良くなること=幸せではない
ことに
チャーリィははじめて気がつくのです。
頭のよくなったチャーリィは
急激な変化についていけず、
アンバランスな印象です。
彼が下り坂を降りはじめたときからが
クライマックスです。
今までできたことができなくなる、
わからなくなる。
できた経験があるからこそ
尚更つらいと思います。
最後にチャーリィは元の知的障害者に
戻ってしまいます。
最後の最後の一言
「ついでがありましたらどうか庭のアルジャーノンのお墓に花を供えてやってください」(原文ママ)
この言葉が最後にぐっと心を掴む1冊です。
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「アルジャーノンに花束を」
を書くきっかけは
著者、ダニエル・キイスの学生時代に
書き留めたノートの一文
「もし人間の知能を人工的に高めることが
できたなら、いったいどうなるか?」
というアイディアと、
英語教師として高校に赴任した際の
特別クラスの少年の言葉が基になっています。
「ぼく、利口になりたい」
ダニエル・キイスは
知的障害のある彼自身の限界を意識して、
もっと知能を高めたいと望んでいるとは
夢にも考えたことがなかった、と
後の著作で綴っています。
彼の言葉がずっと頭から離れなかったそうです。(詳しくはダニエル・キイス著「アルジャーノン、チャーリィ、そして私」をどうぞ。アルジャーノン誕生秘話が詳しく書かれています)
当日は、
著者であるダニエル・キイスについてと
「アルジャーノン」が出版された
当時のアメリカの時代背景ついて
かいつまんで話をさせていただこうと
思っています。
実は1950~1960年代は
アメリカでの障害者への意識が
変わり始めた時代であり、
精神科治療にも変化がみられた時代でも
あります。
当時の時代背景などを学びながら読むと、
登場人物の印象が変わってきますよ。
当日にお話する内容は
後日ブログにまとめたいと思います。